放置感想1台目(後編) ポリゴン・ピクチュアズ版『Levius』と『Fairy gone』

□ポリピク版『Levius』は王道の「優しいレビウス 」として再構成された分、闘技者としてのレビウスに感情移入しやすいが、残酷故に魅力的な蒸気機関の新世界やA.J.以上のファムファタールである「母の幻影」を抱えて暴力の渦中に飛び込むレビウスの謎といった、漫画『Levius』が持つ「優しくない」要素の魅力が大きく削がれてしまった。漫画『Levius』既読だと、ポリピク版の「優しいレビウス 」が漫画の「優しくない」要素の魅力に気づくように促す効果があると考えるけど、未読だと「優しいレビウス 」で閉じてしまうかもと思うと…

 

■『Fairy gone』終盤の画が『劇場版 鋼の錬金術師 シャンバラを往くもの』だったのは、P.A.WORKSグロス請け時代の重要作である水島精二版『鋼の錬金術師』のダークファンタジー路線を中田画でやりたかったということだろう。漫画『Levius』においても、『鋼』のモチーフや水島鋼のダークファンタジーと現実との接点の感触が多分に盛り込まれており、『フェアリーゴーン』の中田画の取り組みからP.A.版『Levius/est』を夢想してしまう(水島鋼から「原作に忠実な」入江泰浩版『鋼FA』をやったように)。

 

□『フェアリーゴーン』の監督で、過去にデイヴィッドプロダクション版『ジョジョの奇妙な冒険』1〜3部シリーズディレクターを務めた鈴木健一の、P.A.のオリジナルアニメだからできる(漫画の体感をアニメ化する縛りから離れた)流れるアクションと中田画を生かした作りは、製作委員会の出版関連が集英社で展開できてればかなり報われたものになっていたはず(TOHO animationの映像ソフトに集約するだけだったのはかなりの悪手だったと思う)。

ただ、鈴木監督の頑張りが徒労に終わったわけではなく、最終回の共同絵コンテにデヴィプロ版ジョジョの総ディレクター津田尚克が「友情(スタンド)演出」で参加することにより、マーリヤとヴェルの奇妙な冒険がアニメ版ジョジョ6部の先取りであるかのように収まり、鈴木監督の6部演出復帰も期待できる感じだった。

 

■長々とアレコレ書いてきましたが、ネトフリでポリピク版レビウスを何気なく手を出す前に、P.A.の歴代アニメが好きならフェアリーゴーンから漫画『Levius』を読むことをススメたかったのです。